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気候風土

更新日:2020年5月12日更新
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地勢

 上田地域マップ

長野県の東部に位置し、北は菅平、南は美ヶ原と2つの雄大な高原に囲まれた上田市。東は佐久盆地から、日本一長い千曲川(新潟県からは信濃川)が市の中央部を東西に流れ、ここへ周囲の山々を源流とする依田川、神川、浦野川等が合流し、北の長野盆地へと流れていきます。そんな標高400〜800mの河川に沿って平坦地や丘陵地帯が広がり、市街地や集落が形成されてきました。
緑あふれる森林や里山、清流に育まれた上田市は、豊かな自然に恵まれた風光明媚な地域です。

気候

市内盆地エリアの年平均気温は、摂氏11,8度です。年間の最高気温は摂氏35度前後、最低気温は摂氏マイナス10度前後であり、昼夜・冬夏の寒暑の差が大きい典型的な内陸性気候です。一年を通じて晴天率が高く、年間の平均降水量が約900mmと全国でも有数の少雨乾燥地帯であり、積雪も山間地以外の地域では、10cmを超えることは稀です。
そんな少雨地帯ではありますが、千曲川・依田川・浦野川など豊富な水量と菅平ダムや内村ダム、そして先人達が築いた農業用水やため池が点在し、深刻な水不足に悩まされることはありません。

 

各地域の特色

菅平高原

四阿山 菅平高原冬景色

上田市の最北部、日本百名山・四阿山(あずまやさん、2354m)と花の百名山・根子岳(ねこだけ、2207m)の麓、標高1200〜1600mに広がる菅平高原は、スイスを思わせる爽やかな風景と気候から「日本のダボス」と呼ばれています。夏の平均気温は摂氏19.6度と冷涼で、ラグビーやサッカー、陸上などスポーツ合宿の地としても知られています。
冬は一面が白銀の世界となり、全国有数のスノーリゾート地として数多くのスキーヤーやスノーボーダーが訪れています。

真田地域

山家神社 真田氏本城跡

市内北東部に位置し、戦国武将・真田氏発祥の地としてゆかりの史跡が点在する真田地域。詳細については未だ多くの謎が残されていますが、真田氏でその存在が明確なのは、この地を本拠とした昌幸の父であり、信之・幸村の祖父にあたる幸隆からとされています。
地域内には、上田城築城以前の居館「真田氏館跡」をはじめ、幸隆夫妻と昌幸の墓がある「長谷寺」や昌幸の二人の兄が眠る「信綱寺」のほか、地の利を生かした山城群などもみることができ、当時の面影を今に伝えています。上信越自動車道・菅平ICからも近く、歴史ファンを中心に観光エリアとして賑わっています。

中心市街地

上田城櫓門 信濃国分寺
 

上田地域には、大和時代、国造(くにのみやつこ=知事)が派遣され、以来信州の政治と文化の中心として1200年余の歴史が脈々と流れ続けてきました。奈良時代になり国分寺・国分尼寺が建立されましたが、信濃国で最初の国府がおかれた地ではないかと考えられています。
戦国時代には、智将として知られた真田昌幸が1583年に上田城を築城。その開始とともに、現在の上田中心市街地の原型となった上田城下町の形成が始まりました。昌幸の後、上田領は長男信之に引き渡され、1622年に松代へ移封となるまでこの地を治めました。その後、仙石氏(約84年間)から松平氏(約160年間)へと藩主がかわり、明治の廃藩置県を迎えました。

この城下町の形成により、政治や文化の中心としてだけでなく、物資の行き交う集散地として栄えることとなった上田地域。なかでも明治から大正、昭和初期にかけて、養蚕業の発展とともに蚕種(さんしゅ)の一大生産地として国内外に名を馳せ、全国の蚕糸業を支える「蚕都(さんと)」として隆盛を極めました。国の重要文化財にも指定された「常田館製糸場」など、市内には今も当時の貴重な建造物が残されています。
その後、世界恐慌や大戦など激動の時代を経て、令和となった現在に到るまで、上田地域は長野県東部の中核都市として、着実に発展を遂げてきました。

塩田地域

塩田平別所線 生島足島神社

市内南西部に位置する塩田平。エリア一帯にのどかな田園風景が広がり、西端には信州屈指の歴史を誇る別所温泉が湧出しています。鎌倉時代、幕府の守護職・北条氏がこの地に居を構え、3代60年にわたり仏教文化を花咲かせました。付近には、鎌倉から室町時代にかけて造られた国宝や重要文化財などが点在していることから「信州の鎌倉」といわれています。中部日本最古の木造建築物や日本で唯一の八角三重塔など、多くの歴史的建造物がみられ、年間を通じて、史跡めぐりや温泉を目当てに訪れる方々が後を絶ちません。

丸子地域

文殊堂 マリコヴィンヤード

明治中期から大正時代にかけて、特に製糸業が盛んとなった丸子地域。その出荷額は、長野県の岡谷に次いで国内第2位を誇り、「生糸のまち丸子」として海外にまでその名を広めました。第二次世界大戦後、化学繊維などの普及により衰退したものの精密機械や紡績、食品など、現在も市内の製造業を支える重要拠点となっています。
また、豊かな緑と清流に恵まれたこの地は、桜や紅葉の絶景スポットとしても人気が高く、エリアの西端には環境省指定の国民保養温泉地「丸子温泉郷」が広がっています。「鹿教湯(かけゆ)」「大塩」「霊泉寺」、3つの温泉地からなり、人里離れた静かなロケーションと泉質の良さから、江戸時代より湯治場として栄える“癒しの里”として注目されています。

武石地域

美ヶ原高原 巣栗渓谷

標高2034mを誇る国定公園「美ヶ原高原」の麓に広がる武石は、実にその約9割を山林が占め、清流武石川をはじめ、現代の桃源郷とも讃えられる「花桃の里」や市内屈指の景勝地「巣栗渓谷」など、美しい大自然に囲まれたのどかな山間地域です。
明治22(1889)年に武石村が誕生し、平成18(2006)年3月に村政118年の歴史に幕を閉じ、上田市として新しく歩みはじめました。