本文
広報うえだ令和8年10月号テキスト版 2ページから3ページ
こちらは、広報うえだ令和8年10月号テキスト版2ページから3ページをご覧になれます。
特集 上田城復興400年 ―仙石氏が手がけた上田城・小諸城―
市では令和4年度から本格的に上田城整備に向けて検討を始め、発掘調査などでわかった上田城の特徴などを広報うえだでもお伝えしてきました。
市が整備を目指す上田城は江戸時代の頃の姿であり、これは当時上田藩主だった仙石忠政が復興を進めていた時の姿でもあります。今年は、忠政が上田城復興に着手してちょうど400年の節目の年。忠政がどのように上田城を築城していたのか、忠政の父・秀久が大改修を手がけた小諸城と比較しながら「仙石氏の城づくり」を紹介します。
仙石氏 略年表
1590年(天正18年)秀久、小田原城攻めの軍功により小諸5万石に封ぜられる。小諸城の大改修に着手
1600年(慶長5年)秀久、関ヶ原の合戦後上田城破却に参加(上田城取り壊し)
1614年(慶長19年)秀久没。子の忠政が家督を継ぐ
1622年(元和8年)忠政、上田へ移封となる
1626年(寛永3年)忠政、上田城の復興に着手
1628年(寛永5年)忠政没に伴い上田城の復興中断
小諸城1590年大改修着手
本丸:千曲川に面した崖上に立地し、その周りに帯曲輪(おびぐるわ)(帯のように取り囲む平地)を設けている。
二の丸:地形にあわせ本丸の東側に配置し、通路を屈曲させたうえ、側面から攻撃できる構造にしている。
三の丸:地形にあわせ二の丸の東側に続いて配置。通路を北東側から三の丸を回り込むように設けられている。
上田城1626年復興着手
本丸:千曲川に面した崖上に設けている。
二の丸:南以外を取り囲むように配している。東側に武者溜りを設け、北西側に大きな百間堀を設けて防備を固めている。
三の丸:二の丸の東側に配置し、通路は東側から三の丸の真ん中を通っている。
まとめ
上田城は尼ヶ淵上の平坦面に堀や土塁、武者溜りなどを設けて守りを強化していました。
小諸城は千曲川や急峻な谷を利用しながら、通路を巧みに迂回させて守りを強化していました。
どちらも自然地形を巧みに利用しながら、攻めづらい構造を設けた城づくりをしていたことがわかります。
仙石氏の城づくりはあまり知られていませんが、今後注目されていくかもしれません。
上田城復興400年 関連イベント
上田城復興400年を記念して、忠政への理解を深めることができるイベントを企画・開催しています。
講演会を開催しました
9月21日に講師として、広島大学名誉教授で史跡上田城跡整備専門家会議座長の三浦正幸さんをお招きし、「天下の名城の奇跡の復興~仙石忠政の上田城復興400年~」と題して、これまでほとんど知られていない仙石氏による城づくりとその特徴についてご講演いただきました。
上田城紅葉まつりとあわせてお楽しみください
上田城紅葉まつり 11月8日(日曜日)城郭考古学者・千田嘉博さんトークショー
事前申込・料金不要!
400年前に仙石氏が復興した上田城の様子や、現在、上田市が目指している櫓や武者溜りの復元整備によって、今後上田城がどのように変わっていくかお話しいただきます。
◦時間 12時00分~13時00分(予定)
◦場所 上田城跡公園 やぐら下芝生広場
(千田嘉博さんの写真:撮影 畠中和久氏)
市立博物館企画展 11月10日(火曜日)まで 上田城と城主たち―上田城って誰の城?―
上田市在住の高校生以下は無料!
上田城に焦点を当て、歴代城主と上田城の関わりを貴重な資料や発掘調査の結果を交えて紹介します。
◦時間 各日 9時00分~17時00分(最終入館 16時30分)
◦場所 市立博物館
◦休館日 水曜日、11月5日(木曜日)
◦料金 一般300円、高校・大学生200円、小・中学生100円
※障害者手帳をお持ちの方およびその介助者、上田地域定住自立圏内の高校生以下は無料(団体割引あり)
上田城の復元に向けて
市では、令和8年3月末までの約3年間、懸賞金500万円を掲げた資料収集事業を実施し、100件を超える情報提供が寄せられました。
残念ながら復元に直接つながる資料は見つかりませんでしたが、上田城の歴史や市民との関わり、往時の姿を振り返ることのできる貴重な資料を提供していただきましたので、報告会を開催します。
◆日時 10月31日(土曜日)16時20分~17時
◆場所 西部公民館
◆申込 不要
櫓や櫓門の復元に向けた調査は継続しているため、資料収集を引き続き行っています。
櫓復元推進室まで情報提供をお願いします。
問い合わせ
櫓復元推進室 電話23-5403
上田城跡整備室 電話23-5416
生涯学習・文化財課 電話23-6362
