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エピソード3 「売りに出された城」
売りに出された土地と建物が旧藩士に
享保年代の上田城の絵図。七つの櫓が描かれている。
明治4年に上田城はその役目を終え、東京鎮台(ちんだい)第二分営と呼ばれる陸軍の施設となります。このときに、松代城など県内の城から武器を上田に集め、有事に備えました。しかし、2年後の明治6年には分営が廃止され、あとを引き継いだ長野県が、上田城を旧藩士に払い下げました。これには、武士の身分を失い、藩から給料をもらえなくなった人たちに、土地や建物を払い下げることで、生計を立てられるようにとの配慮があったようです。入札の結果、明治8年9月に引き渡しが開始されました。本丸は十数人の旧藩士が落札し、七つあった櫓(やぐら)と二つの櫓門はそのうちの一人がまとめて落札しました。しかし、払い下げられたものの、その使いみちに困り、土地を返上したいと県に申し出る人もいたようです。