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上田市公文書館

更新日:2022年5月19日更新
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外観1

新型コロナウイルス感染対策へのご協力のお願い

入館する際は「マスク着用、手指消毒、体温測定、お名前・連絡先の記帳、距離の確保」をお願いします。閲覧室の利用定員は6人までとします。感染状況によっては主催事業の延期または中止があります。皆さまのご理解とご協力をお願いします。

ページ内リンク

休館日 主催事業 3周年企画展 展示説明 企画展説明動画 公文書館だより

公文書館はどんなところ?

上田市公文書館は令和元年9月1日に開館しました。昭和58年に開館した丸子郷土博物館と併設しています。公文書館は、歴史資料として重要な公文書及びその他の記録などを良好な状態で保存し、市民共通の財産として末永く後世に残すとともに、閲覧や普及啓発活動(展示・講座など)を通じて広く市民に公開し、市民の知る権利の保障、行政の説明責任の確保、住民自治の推進、学術文化の発展に寄与する施設です。現在、公文書館では合併市町村が保管していた旧役場文書や報告書類など主に近現代の行政文書を中心に収蔵しています。市役所からは毎年定期的に保存期間が終了した公文書が移管され、また、地域の歴史を今に伝える貴重な地域資料の寄贈もあり、収蔵点数は徐々に増えています。

利用方法

1. 閲覧したい資料を探すには

閲覧室閲覧室の「目録検索システム」を使って収蔵資料の検索ができます。ご自宅のパソコンやスマートフォンからもインターネットに接続することでご利用いただけます。次のショートカットからどうぞ。

上田市公文書館目録検索システム<外部リンク>

※お探しの資料が見つからない場合は公文書館へご相談ください。

2. 閲覧申込みについて

書庫公文書館の収蔵資料を閲覧するには、所定の申込書の提出が必要になります。一度に申込みできる点数は5点までです。

申込書のダウンロードはこちら⇩

申込書はメール・Faxでも提出できます。

mail:kobunshokan@city.ueda.nagano.jp
Fax:0268-75-6683

3. 審査について

  • 閲覧申込みのあった収蔵資料は、閲覧の可否について審査します。
  • 閲覧の可否は、審査済み資料の場合は申込み時に、それ以外の場合は後日連絡します。
  • 個人情報を含むもの、劣化が激しいもの等については、閲覧できない場合があります。

4. 閲覧について

  • 収蔵資料は閲覧室で閲覧していただきます。館外貸出しは原則として行いません。
  • 閲覧室へ持ち込める物品は「鉛筆(シャープペンシル可)、ノート、カメラ、ノートパソコン、スマートフォン、携帯電話、財布等の貴重品」のみです。そのほかの物品は備え付けのロッカー(鍵付き)にお入れください。
  • カメラを使用する場合、フラッシュ、三脚類の使用はできません。
  • 閲覧室では静ひつを保ち、他の人の迷惑にならないようお過ごしください。
  • 閲覧室はもとより、公文書館内での飲食・喫煙はできません。
  • 新型コロナウイルス感染予防のため、閲覧中はマスク着用をお願いします。
  • 閲覧室の定員は6人までとします。概ね1時間ごとに換気しますのでご了承ください。

閲覧資料の取り扱いについて

閲覧資料は唯一無二の「原本」であり、複製ではありませんので、次の事項をお守りください。

  • 資料は閲覧室の所定の場所でご利用ください。
  • 資料は丁寧にお取り扱いください。(手に持たずに机に置く。折り曲げない。無理に開かない。綴じを緩めたり外したりしない。書き込みしない。指先を濡らしてページをめくらない。上から直接筆写しない。)
  • 中のページなどを抜き取る、切り取る、破り取る等の行為は決してしないでください。
  • ノート等への筆記は鉛筆又はシャープペンシルで行い、資料を置く机の上にそれ以外の筆記具(万年筆、ボールペン、蛍光ペン等)を置かないでください。なお、閲覧室への鉛筆及びシャープペンシル以外の筆記具の持込みは原則としてできません。
  • 資料は閲覧室の外に持ち出さないでください。
  • 返却するまでの間、十分注意して管理してください。
  • 利用中一時的に閲覧室を離れる場合は、職員に申し出てください。

5. その他の申請様式 

  1. 掲載等承認申請書
  2. 寄贈申出書
  3. 寄託申出書

※申請書、申出書への押印は不要になりました。

所蔵資料企画展のお知らせ

明治から昭和時代の公文書にみる上田地域の歴史「改訂鎮台条例(明治6年)から上田市民会館の建設(昭和38年)まで」

終了しました。

  1. 期間 令和4年5月15日(日曜日)まで
  2. 場所 上田市公文書館一階ロビー
  3. 観覧無料
  4. 展示内容
    「改訂鎮台条例(明治6年神畑村)」、「地租制限外課税許可(明治32年川辺村)」、「寄附申込書(大正10年丸子町)」、「上田市営飛行場の関係文書(昭和6年上田市)」、「上田市民会館の建設工事記事(昭和38年上田市)」など、原本資料9点、写真パネル9点、合計18点の資料を展示・公開しています。
  5. 展示資料の概要
 
資料写真

概要

鎮台条例表紙

(1)明治6年、改訂鎮台条例

旧神畑村に保存されていた明治6年(1873年)の「改訂鎮台条例」には、明治6年に設置された6か所の鎮台について規定しています。この鎮台は、明治4年(1871年)から21年(1888年)まで置かれた陸軍の編成単位をさします。こうした鎮台設置と徴兵令(明治6年)の実施によって、近代陸軍の開始とされています。鎮台は初期には4か所設置され、明治6年から6か所となり、各鎮台の司令官が各軍管を統率しました。このうち第1軍管は東京鎮台が統率しました。なお、北海道は第7軍管とするが鎮台は置かないと定めています。

改訂鎮台条例
細川市長

(2)明治22年、城下村の第二回村会議事録

城下村は明治22年(1889年)4月1日の町村制の施行によって誕生し、城下村では9月に第2回村会が開催されました。この村会では後に初代上田市長を務めた細川吉次郎氏が、村会議員として質問しています。村会議事録には細川議員の発言として「有給吏員の報酬については、町村制第四十条によるべきものである。実費弁償については名誉職員に弁当料を与えるのか」との質問が記され、片岡村長が「弁当料は別項にある」と答弁しています。若き細川議員の活動の様子がうかがえます。

細川議事録

川辺村文書1

(3)明治32年、川辺村の地租制限外課税許可の文書

地租制限外課税とは、町村制の施行によって町村が特別に必要な場合に申請し、内務大臣・大蔵大臣などの許可を得て、町村が独自に課税できる制度でした。学校や道路などの建設・補修、災害復旧工事などに活用されました。明治32年(1899年)のこの課税許可通知には、内務大臣西郷従道(西郷隆盛の弟)、大蔵大臣松方正義(後の首相)、文部大臣樺山資紀(内務大臣など歴任)の氏名・押印がみられます。

川辺村2
丸子工女1

(4)大正10年、工女特別教育費の寄附申込書

丸子町が作成した大正11年・12年の「議案原議綴」には、大正10年(1921年)8月の依田社による寄附申込書があります。この内容は「金四百九十円を大正十年度の工女特別教育費として丸子町に寄付したい」とするものです。大正9年(1920年)には実業学校令が改正され、実業補修学校の設置主体が広げられ、職員の待遇改善、職業教育・公民教育の内容充実が図られました。実業補修学校は勤労に従事する青少年を対象に教育を行い、依田社に働く工女たちもその教育を受けました。

丸子工女2

昭和3野球場1

(5)昭和3年、上田市営野球場事務室などの建設工事文書

昭和3年(1928年)2月に開催された「上田市会協議録」には、当時の勝俣英吉郎市長が協議事項として、市営野球場事務室の建設工事、続いて野球場と陸上運動場との西北隅道路改修について提案し、全会一致で了承されました。勝俣市長は大正13年(1924年)7月に市長に就任すると、上田城跡公園内の陸上競技場・野球場・庭球場などの運動施設の建設や徴古館・図書館の整備・充実に努めました。

※徴古館:上田市立博物館の前身にあたる施設

昭和3野球場2
大正6年上田飛行場2

(6)昭和6年、上田市営飛行場の完成

昭和6年(1931年)の「上田市会議案綴」には、成澤伍一郎市長が提出した市営飛行場の関係文書がみられます。内容は「低利資金借入に関し保証申請」として「明治31年・40年・大正6年の大水害により中之条の千曲川沿岸の地23町余歩が流失し、この復旧のため失業救済農山漁村臨時対策低利資金の供給を受け、復旧事業を施行し、完成後は市に事業を引き継ぎたいので資金借入に市の保証を申請する」旨、記しています。この資金は28600円にのぼり、開墾に着手しましたが、耕地には不適格だったため、市営飛行場建設に計画変更され、昭和6年10月に完成しました。

上田飛行場
鐘紡1

(7)昭和10年、誘致した鐘紡工場の整地工事の関係文書

昭和10年(1935年)3月の「上田市会協議録」には、鐘紡の地ならし工事に関係した文書がみられます。上田市は昭和恐慌後の不況から脱出するため、工場誘致を積極的に推進しました。協議会では「鐘紡の地均し工事は市の見積もりにより、市の斡旋で行いたい」と成澤市長が提案し、了承されました。この整地工事費は、71800円程度かかるとされた大工事でした。昭和12年(1937年)に工場が完成して操業を開始しましたが、工場敷地は33万平方m、従業員は1000名余の大工場でした。

鐘紡2
昭和17年上田市議事雑編

(8)昭和17年、市立上田商工学校創立

昭和17年(1942年)の上田市役所の「議事雑編」には、「長野県市立上田商工学校学則」の文書があります。昭和17年4月、私立大原簿記学校の廃校に伴い、実業界からの要望があり、市立上田商工学校が材木町(現在の「ひとまちげんき・健康プラザうえだ」の場所)に創立されました。この市立商工学校は昭和23年(1948年)に上田市立高等女学校と合併して上田市立高等学校に、昭和24年(1949年)4月には長野県に移管し、長野県上田千曲高等学校が新しく誕生しました。

上田商工学校
上田市民会館1

(9)昭和38年「上田市民会館大ホールの工事すすむ」の記事

昭和38年(1963年)4月20日付の「広報うえだ」には、上田城跡公園内で建設が進む市民会館の建設状況が記載されています。記事には「花見の人たちの驚きの目を受けながら上へ上へとホールの建設を急いでいます」などの内容がみられます。この市民会館は同年10月には完成し、11月に祝賀行事が行われました。その後、長年上田市の文化活動の殿堂であった市民会館は、交流文化芸術センター「サントミューゼ」の開館に伴い、平成26年(2014年)12月に51年の歴史に幕を下ろしました。

上田市民会館2

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展示説明会のお知らせ

終了しました。

「シナノケンシ(株)絹糸紡績資料館」寄贈資料の展示

「シナノケンシ(株)絹糸紡績資料館」の閉館に伴い、上田市へ寄贈された同館収蔵資料のうち、公文書館へ移管された文献資料等を1階ロビーで展示しています。大正7年(1918年)に創業した同社は、依田社にルーツを持ち、長年我が国の絹糸紡績業界をリードしてきました。当時の絹糸紡績業の隆盛が展示資料からうかがえます。なお、現在公文書館では郷土博物館との共同展を開催中で、2階展示室及びロビーにも多数の寄贈資料を展示していますので併せてご覧ください。

シナノケンシ(株)寄贈資料

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所蔵資料企画展の説明動画リンク

第7回、第8回の所蔵資料企画展の説明動画を公開しています。どうぞご覧ください。

所蔵資料企画展の内容・動画リンク

所蔵資料企画展のテーマ・展示所蔵品の内容

第7回
  • テーマ:幕末の古文書や明治・大正・昭和の古文書から見る上田市の歴史-明治維新から東京オリンピックへ-
  • 展示文書:戊辰戦争時の高札(こうさつ)の内容(慶応4年荻窪村中村家文書)、丸子軽便鉄道敷設へ寄附(大正6年丸子町会会議録)、上田市役所の聖火台へ東京オリンピック聖火の点火(昭和39年広報うえだ)ほか原本資料9点、写真パネル9点、合計18点リンク先
  • 動画リンク【https://www.youtube.com/watch?v=Ets9vx75bhM<外部リンク>
第8回
  • テーマ:明治・大正・昭和の公文書にみる上田地域の歴史-上田町条例制定から信越線の電化まで-
  • 展示文書:上田町税免除条例・町税徴収条例(明治22年上田町)、上田蚕糸専門学校設置(明治41年上田町)、丸子町誕生(大正元年丸子町)、米騒動の郡役所通知(大正7年上田町)、城下村合併(大正10年上田市)、上田市児童遊園地創立(昭和5年上田市)、「電気文化大展覧会」記事(昭和27年上田市公報)、「第4回全日本学生軟式庭球大会」記事(昭和28年上田市公報)、「信越線の電化完成」記事(昭和38年広報うえだ)など、原本資料9点、写真パネル9点、合計18点
  • 動画リンク【https://www.youtube.com/watch?v=I2ug7U19WOg<外部リンク>

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公文書館開館3周年・共同企画展のお知らせ

上田市公文書館は、令和元年に丸子郷土博物館に併設して開館して3年目を迎えました。開館3周年を記念して丸子郷土博物館と共同で企画展を開催します。

共同企画展の概要

依田社ブランドゴルフ◆丸子地域は養蚕業や蚕種業の先進地帯でした。製糸業については「座繰(ざぐり)」と呼ばれた旧来からの人力による製糸法が主流で、生産効率や品質は今一つでした。明治5年(1972年)に富岡製糸場ができ、生糸が輸出品の花形となる中、丸子村(当時)では明治22年(1889年)に「下村亀三郎(1867-1913)」が中心となり、高品質な生糸製造を目指した共同販売のための結社「依田社」が設立されました。翌年から依田社は、結社に参加した4製糸工場(114釜)の共同事業を開始し、亀三郎は初代社長に就任します。◆丸子地域は、同社を軸に器械製糸産業の集積地として目覚ましい発展を遂げます。丸子村は大正元年(1912年)に町制を敷いて丸子町となり、当時村長だった亀三郎は引き続き初代町長に就任しますが、翌大正2年1月に急逝します。依田社の第2代社長には県会議長や衆院議員を務めた「工藤善助(1854-1938)」が就任します。このとき依田社は、31工場(2,808釜)を擁する大結社に成長を遂げており、彼のもとで黄金期を迎えます。この企画展では、隣接する上田市の製糸家「笠原善吉(1886-1953)」も含めて、所蔵資料や映像で関係人物や当時の世相を紹介します。◆加えて、昨年、シナノケンシ株式会社の絹糸紡績資料館が閉館し、同館収蔵品が上田市へ寄贈されましたが、本企画展では、その一部を展示します。依田社にそのルーツを発する信濃絹絲株式会社(当時名称)は、「金子行徳(1878-1965)」が操業しました。同社を中心に、幾多の危機を乗り越えた丸子地域の絹糸紡績業の歩みをたどります。(写真:依田社の最優等糸の商標「ゴルフ」)

  • 企画展テーマ:「所蔵資料でたどる上田・丸子地域の製糸、絹糸紡績の歩み」
  • 期間:開催期間を8月21日(日曜日)まで延長します。
  • 時間:午前9時から午後5時まで(最終入場時刻は午後4時30分)
  • 入場料:一般100円・中学生以下無料(丸子郷土博物館の通常入館料)

合同展チラシ

  • (写真左)依田社創業者・初代社長 下村亀三郎
  • (写真右上)依田社2代社長・信濃絹絲紡績(株)初代社長 工藤善助
  • (写真右下)信濃絹絲紡績(株)創業者・2代社長 金子行徳

※共同企画展のチラシはこちら→共同企画展チラシ [PDFファイル/2.06MB]

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公文書館講座開催のお知らせ

ただ今、新型コロナウイルス感染拡大防止のため実施を控えています。

公文書館だより

令和元年度

令和2年度

令和3年度

令和4年度

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年間報告

入館者数

各種申込・申請状況

施設案内

開館時間

午前9時から午後5時まで(最終入館は閉館30分前までにお願いします。)

※館内、敷地内とも禁煙です。

休館日

月曜日、国民の祝日の翌日(国民の祝日の翌日が月曜日に当たるときはその翌日)、年末年始(12月29日から翌年1月3日)

令和4年度休館日 はこちら[PDFファイル/96KB]

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住所

〒386-0413 長野県上田市東内2564-1

連絡先

電話:0268-75-6682 ファックス:0268-75-6683
メール:kobunshokan@city.ueda.nagano.jp

交通アクセス

バス:千曲バス鹿教湯線で「丸子郷土博物館前」バス停下車
自動車:上田駅から約15キロ(所要時間約30分)

パンフレット

関連リンク

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